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結核菌の免疫回避メカニズム解明

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2025年4月29日

Nature Microbiology |中国同済チーム、結核菌が適応免疫を回避する新たなメカニズムを提案

 

 結核分枝菌(Mycobacterium tuberculosis, Mtb)は、宿主マクロファージ内に寄生し、免疫逃避戦略を駆使する高度複雑な細胞内病原体です。マクロファージ、リンパ球、その他の白血球が集まり、特徴的な結核性肉芽腫(tuberculous granuloma)を形成します。この細胞環境は低酸素状態であると考えられています。低酸素状態への適応は、Mtbにとって大きな挑戦です。以前の研究では、低酸素状態がMtbの代謝関連遺伝子の転写変化を誘導することが発見されています。

 

 適応免疫系は結核病の拡散を防ぐ上で重要な役割を果たします。CD8⁺ T細胞はIFN-γを産生してMtbに反応し、IFN-γはマクロファージを刺激してMtb感染を制御します。Mtbがこれらの反応にどのように対抗するか、特に低酸素条件下での反応については、未だ解明されていません。

 

 中国同済大学のGe Baoxue(戈宝学)教授、Yang Hua(楊華)研究員、および中国陸軍軍医大学のYe Lilin(葉麗林)教授が率いる研究チームは、Mtbが低酸素条件下でD-セリン(D-serine)を生成し、D-セリンがIFN-γの産生を抑制することによって、マクロファージによるMtbの制御を低下させることを発見しました。この研究成果は2024年5月28日付けの『Nature Microbiology』誌に掲載され、MtbがCD8⁺ T細胞の反応を回避する具体的なメカニズムを初めて示しました。

 

研究材料と方法

 この研究では、研究者はMtb H37Rv株を用いて、体外および体内での実験を行いました。また、脱水四環素(ATc)誘導によるRv0884cノックダウン株およびF108A変異株を遺伝子編集技術により構築しました。体内実験はC57BL/6背景のマウスで実施しました。使用されたマウスには、Cyagen Biosciencesが提供するWDR24-CKOマウス(製品番号:S-CKO-17731)、Ifng-CKOマウス(製品番号:S-CKO-03051)、Cd4-Creマウス(製品番号:C001351)、Rag1-KOマウス(製品番号:C001197)、およびCyagen Biosciencesに依頼して構築されたTB10Rg3ノックインマウスが含まれています。研究では、メタボロミクス(metabolomics)、プロテオミクス(proteomics)、遺伝学的手法などが使用されました。

 

技術的アプローチ

  1. 体外および体内実験により、Mtbは低酸素条件下でRv0884cの発現を誘導し、D-セリンを生成することが示される。
  2. D-セリンはMtbのマクロファージ内での生存には影響を与えないが、マウスの抗結核免疫応答を抑制する。
  3. Mtbの感染過程で生成されるD-セリンは、CD8⁺ T細胞によるIFN-γの産生を抑制することが確認される。
  4. D-セリンはWDR24と相互作用することでmTORC1を不活化させ、CD8⁺ T細胞によるIFN-γの産生を減少させる。

 

研究結果 

1.低酸素条件で、MtbはD-セリンを産生する

 研究者らは、低酸素条件でMtb H37Rv株を培養した際、培養上清液中のD-セリンのレベルが有意に増加し、L-セリンは増加しないことを発見しました。プロテオミクス解析の結果により、MtbのセリンアミノトランスフェラーゼRv0884c(SerC)のタンパク質レベルが低酸素条件下で上昇することが示されました。Rv0884cをノックダウンすると、低酸素誘導によるD-セリン分泌の増加が顕著に抑制されることが確認されました。H37Rvをマウスに感染させた後、肺組織および血清中のD-セリン(L-セリンではなく)のレベルが有意に増加しましたが、Rv0884cをノックダウンすることでD-セリンレベルが顕著に低下しました。これらの結果は、Mtbが低酸素条件下でRv0884cを誘導し、D-セリンレベルを上昇させることを示しています。

 

 低酸素条件下では、Rv0884cをノックダウンすると、H37Rv株の体外での成長が促進され、D-セリンの補充はその成長を抑制しました。Rv0884cノックダウン株または変異株で感染させたマウスと比較して、Rv0884cノックダウン株にRv0884cを補充したマウスでは病理学的状態がより重篤であり、肺組織中の細菌負荷が顕著に高かった。同様に、D-セリンで処理されたMtb感染マウスは、より重篤な病理学的状態と高い細菌負荷が観察され、D-セリンがマウスの抗結核免疫応答を損なうことを示唆しています。

 

2.D-セリンはCD8⁺ T細胞によるIFN-γの産生を抑制する

 Mtbは主にマクロファージの多くの防御機能に対して抵抗し、宿主免疫反応を損傷します。研究者らはD-セリンがMtbのマクロファージ内での生存にどのような影響を与えるかを分析しました。D-セリンを添加してもMtb H37RvのBMDM(bone marrow-derived macrophages)内での生存率に有意な変化がないことを発見しました。同様に、ATc誘導によるRv0884cノックダウンもMtb H37Rvの生存率には有意な変化を与えませんでした(図1)。

 

 次に、D-セリンの体内での影響がCD8⁺ T細胞に依存するかどうかを検証するため、研究者らはWTマウスのCD8⁺ T細胞をRag1-/-マウス(T細胞とB細胞が欠損しているマウス、Cyagen Biosciences提供)に移植し、Rv0884cノックダウン株でこれらのマウスを感染させ、さらに一部のマウスに経静脈的D-セリン投与しました。CD8⁺ T細胞を移植されたRag1-/-マウスでは、Rv0884cノックダウンがマウス肺組織中の細菌量を減少させる一方で、D-セリンを添加すると細菌量が増加しました(図1)。これらの結果は、D-セリンがマクロファージの抗菌活性に直接的な影響を与えない一方で、CD8⁺ T細胞の反応を抑制することを示しています。

 

 さらに、研究者らはD-セリンがCD8⁺ T細胞の効果機能にどのような影響を与えるかを分析しました。彼らはT細胞とマクロファージの共培養体外モデルを使用しました。このモデルで、TB10Rg3 T細胞はMtbのB10.44–11エピトープを特異的に認識するTB10Rg3 TCRを発現する遺伝子改変マウスから得たものである(Cyagen Biosciencesと共同で作成)。

 

 研究者らは、D-セリンがTB10Rg3 T細胞からのIFN-γの産生を顕著に抑制することを発見しました。D-セリンで処理した後、TB10Rg3 T細胞はMtbの細胞内での増殖を抑制する能力が低下しました(図1)。Mtb H37Rv感染後、D-セリンで処理されたマウスの肺組織では、IFN-γを産生するCD8⁺ T細胞の割合が対照群のマウスよりも有意に低かった。これらのデータは、D-セリンがCD8⁺ T細胞によるIFN-γの産生を抑制することで、間接的にマクロファージによるMtb制御能力を低下させることを示しています。

図1 D-セリンがCD8⁺ T細胞によるIFN-γの産生を抑制する[1]

 

 Mtbが感染過程で生成するD-セリンが外因性D-セリンと同様の作用を持つことを証明するため、研究者らはRv0884cノックダウン株および補充株を用いて上述の実験を行いました。対照群と比較して、TB10Rg3 T細胞がRv0884cを過剰発現する菌株に感染したBMDMと共培養された場合、TB10Rg3 T細胞が産生するIFN-γの量が減少しました。Rv0884cノックダウン株でマウスを感染させた後、肺組織中でIFN-γを産生するCD8⁺ T細胞の割合は増加しましたが、D-セリン処理によりこの増加が抑制されました。

 

 IFN-γがCD8⁺ T細胞によるマクロファージ内のMtb制限に関与していることを確認するため、研究者らはBMDMとCd4CreIfngfl/flマウス(Cyagen Biosciences提供のCd4-CreマウスとIfng-CKOマウス由来)を用いて細菌負荷を分析しました。このマウスはIFN-γが欠損したCD8⁺ T細胞を持っています。BMDMとIFN-γ欠損CD8⁺ T細胞を共培養した場合、Rv0884cノックダウン株で感染させた後、細菌負荷は野生株と有意に異なることは認めませんでした。同様に、Rv0884cノックダウンはCd4CreIfngfl/flマウスの肺組織における細菌負荷や病理学的状態の減少を引き起こさなかった。これらの結果から、Rv0884cはCD8⁺ T細胞が産生するIFN-γを抑制することによって宿主の免疫応答を抑制する可能性があると示唆されました。

 

3.D-セリンはCD8⁺T細胞におけるmTORC1の失活を引き起こす

 CD8⁺ T細胞のIFN-γの転写は、T-box転写因子TBX21 (T-bet)およびEomesodermin (Eomes)という2つの重要な転写因子によって調節されます。D-セリンがIFN-γ発現に与える影響を解析する過程で、研究者らはD-セリン処理が体外でCD8⁺ T細胞中のT-betの発現を顕著に抑制することを発見しました。体内実験では、対照菌株に感染したマウスと比較して、Rv0884cノックダウン菌株に感染したマウスの肺組織におけるT-bet+ CD8⁺ T細胞の割合が顕著に高かったが、D-セリン処理はこの増加が抑制されました(図2)。

 

 CD8⁺ T細胞において、T-betはSTAT-1、STAT-4、およびmTOR経路によって誘導されます。後続の分析により、D-セリン処理がmTORC1経路の活性化を顕著に減少させることが示されました。体外分化モデルでは、レパマイシン(mTORC1抑制剤)でT細胞を処理すると、CD8+ IFN-γ+ T細胞およびT-bet+ CD8⁺ T細胞の割合が顕著に抑制され、D-セリンによるT-betおよびIFN-γ発現の抑制作用が消失しました(図2)。これらの結果は、D-セリンがCD8⁺ T細胞におけるmTORC1の活性化を抑制する可能性があることを示唆しています。

図2 Rv0884c/D-セリンはmTORC1の不活性化を通じてCD8⁺ T細胞によるIFN-γの産生を抑制する[1]

 

 研究者はさらに分析を進めた結果、D-セリンがGATOR2複合体のサブユニットであるWDR24と直接相互作用することを発見しました。GATOR2はmTORC1活性化の維持に重要な調節因子です。内因性条件下では、WDR24は別のサブユニットであるSEC13と相互作用し、D-セリンの処理はWDR24とSEC13の相互作用を弱めることが示されました。WDR24をノックダウンすると、D-セリンによるS6リン酸化およびT-betとIFN-γ発現の抑制作用が消失しました。WTマウスでRv0884cノックダウン菌株に感染した場合の細菌負荷の減少は、CD4CreWDR24fl/flマウス(Cyagen Biosciences提供のCd4-CreマウスおよびWDR24-CKOマウス)では観察されませんでした。これにより、D-セリンはWDR24と直接相互作用し、GATOR2複合体の形成を破壊し、mTORC1の活性とCD8⁺ T細胞によるMtb制限を抑制する可能性が示唆されます。

 

研究結論

図3 研究の示意図[1]

 総じて、この研究は、結核分枝菌が進化過程でD-アミノ酸の合成を強化することによって、低酸素適応とCD8⁺ T細胞反応の抑制を組み合わせ、マクロファージ内の低酸素および免疫的に敵対的な環境における分枝菌の生存を促進していることを示しています(図3)。研究者は今後、分枝菌の代謝物が他の適応免疫細胞を抑制するかどうかを分析し、その抑制作用を除去することが結核ワクチンの効果を高める可能性を検証する予定です。

 

参考文献

 

製品情報

製品名
系統名
製品番号
応用分野

Wdr24 cKOマウス

C57BL/6JCya-Wdr24em1flox/Cya

S-CKO-17731

発生生物学・老化・神経・行動学・分子生物学・シグナル伝達など

Ifng cKOマウス

C57BL/6JCya-Ifngem1flox/Cya

S-CKO-03051

免疫・神経・癌・内分泌・遺伝・血液・筋肉など

Rag1 KO マウス

C57BL/6JCya-Rag1em1/Cya

S-KO-03999

眼科・神経・癌・内分泌・遺伝・血液・筋肉など

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